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旧陸軍軍用鉄道鉄橋

[2011年7月12日]

 僧坊地区を流れる煤谷川(すすたにがわ)には、かつて旧陸軍軍用鉄道・川西側線の鉄橋がかかっていました=写真。鉄橋は長さ約17メートル、幅約1.4メートル。コンクリート製の橋台と橋脚2基に、鉄製の橋げた3連が架かる構造となっていました。

 川西側線は、太平洋戦争開戦の昭和16年(1941)に建設されたものです。陸軍祝園部隊(現・陸上自衛隊関西補給処祝園弾薬支処)と片町線(JR学研都市線)とを結んでいました。総延長は4322メートル。片町線の三山木信号場(現在の下狛駅の北)から分岐して南下し、煤谷川をこの鉄橋で渡っていました。さらに、現在の町道僧坊・旭線に平行して、南西の祝園部隊に至っていました。

 祝園部隊は日本の敗戦に伴い、占領軍の弾薬庫となりました。昭和25年に朝鮮戦争が始まると、朝鮮半島の戦場へ補給するための弾薬類が運ばれていました。その後、日本政府に返還され自衛隊に移管、川西側線による弾薬類の輸送は行われなくなり、廃線となりました。

 鉄道はほとんど撤去されましたが、鉄橋は現代まで残されていました。しかしその鉄橋も、橋脚が治水の障害となり、平成19年6月に撤去されました。

 現在は鉄橋跡地(僧坊区)の両岸に説明板が設置され、南岸の説明板下には橋げたの一部も保存されています。

 

鉄橋
南岸に設置されている説明板と橋桁の一部

南岸に設置されている説明板と橋桁の一部

問い合わせ

精華町 教育委員会 生涯学習課
電話: 0774-95-1907

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