平成26年度に海外体験補助金を受けた方

◆大野 裕弥 さん

留学先:米国・ニューヨーク
留学期間:平成26年8月30日~平成27年3月30日

 留学を経て、目標スコア(TOEFL)を取ることができました。大学では、語学とビジネスを学んでいました。

 普段の授業と並行して米国人2人、中国人2人と私で共同研究をする機会がありました(電子機器がテスクワークにあたえる影響について)。そこで、私はリーダーをつとめましたが、当初は、私の未熟な英語や生活文化の違いから、他メンバーとの意思疎通に苦労しました。そこで、信頼関係の構築と協働を促すため、週1回で食事会を開いたり、研究発表のための資料作成の際は私が参考文献を持込み、メンバーのフォローをしました。すると、研究に非協力的なメンバーも作業に参加してくれるようになり、質の高い資料を作ることができました。結果、クラスで一番の成績を修めることができました。目的を共有し、協働することの大切さを学びました。

 

◆安田 大輝 さん

留学先:ドイツ・ミュンヘン
留学期間:平成26年8月16日~9月14日

 ミュンヘンでは、午前中は学校で授業を受け、午後からは街中を観光したりお店に入ったりしていました。ミュンヘンには数多くの美術館や博物館があります。入場料も5ユーロほどと、それほど高くなく、芸術を非常に身近に感じることができました。世界的な名画のゴッホの『ひまわり』やモネの作品である『すいれん』なども実際に見ることができました。また、現代美術の作品がおいてある美術館もあったため、ダリヤピカソの作品も見ることができました。夏の気候は日本よりも暑くなく、日本でいえば秋のような温度でしたが日差しが強かったです。天気の良い日は近くにある英国庭園で水遊びをしたり友達と食事をしたりしました。滞在して3週間ほどたつとミュンヘン市内のことにも詳しくなり、ドイツ語で外国人観光客を案内できるようになりました。非常に有意義な夏の1カ月でした。  

 

◆藤本 和貴 さん

留学先:米国・ニューヨーク
留学期間:平成26年10月26日~12月20日

 私は、2か月間フィリピンへ英語留学に行きました。フィリピンへ留学に行くと友達に伝えると、多くの人は、英語学習にフィリピンへ行くことに疑問をもたれました。確かにフィリピンの主言語はタガログ語であり英語はあくまで第二言語です。それなのになぜフィリピンかというと、価格が安く、長時間のマンツーマンレッスンができるという点です。

 留学前の実力は、まったく英語ができず、中学受験のために勉強した程度であり、高校でもテストはある程度とれるが、実際の実力は…というようなレベルでした。そして、何よりも英語がわからなさ過ぎて長文を読むたびにいつも眠気が襲っていました。自分の力不足でもありますが、正直あまり好きではない科目でした。しかし、幼いころから、海外の文化や国民性などに興味があり、いつか英語を話せるようになりたい、外国人の友達を作り外国の文化について知りたいという願望があり、フィリピンへ旅立ちました。

 私が選んだ学校は、日本人経営の学校で、生徒のほとんどは日本人です。留学なら日本人が少ない方が英語の実力がつくと思いますが、私の選んだ国はフィリピンであり母国語を英語としない国です。ほかの学校もたくさん調べましたが、フィリピンへ語学留学に来る生徒の大部分は韓国人か日本人です。もし、私が日本人のいない学校に留学したら生徒のほとんどは韓国人であり、授業外の会話は彼らの母国語である韓国語になると判断し、それならば授業外は、で分からなかったところを日本人の生徒に聞くほうが効率的だと思い日本人経営の学校を選びました。

 入学して1週間目は、先生の言っている意味が全然理解できず、理解できるところも返答を日本語から英語に変換できずまともに会話が成立しない日々が続きました。授業後は、ひたすら自主勉強、早起きして朝にも自主勉強、生活の半分以上は英語の勉強に捧げました。その甲斐もあり、1か月がたったころには、正確な文章ではない時もありますが、相手と意思疎通がとれるようになりました。そのころから、英語を話すということにも苦手意識がなくなり、先生とも冗談を交えて話ができるようになり、話すときも返事程度なら日本語で話すような感覚でできるようになっていました。このころから、英語の勉強がとても楽しく感じることができました。また、今まで分からないことが分かるようになる喜びを感じることができました。

 そして2か月がたち、最終的な英語の実力は、第二言語として、英語を扱う人たちの話は概ね理解できるようになり、ネイティブの会話もだいたいどんなことが言いたいかなど理解でき、私自身の会話は、ペラペラではないものの何かしら話すことができるようになりました。

 しかし、2か月という短い期間では、会話も簡単な単語の言い回しを用いたりするので、まだまだ正しい単語で正しい文で話すといったことは完璧にはできません。

 何よりも留学して知ったことは、発音についてです。日本人が英語をしゃべろうとすると、どうしてもネイティブがしゃべるイントネーションが違い、日本人英語になっていまいます。ここから脱するのに必要なのが、ネイティブの発音を真似ることであり、フィリピンでは、話す相手が、日本人、日本人英語を知っているフィリピン人の先生なので日本人英語でも十分伝わってしまうので、イントネーションの矯正が難しく、日本人英語になりやすいということがありました。

 なので、フィリピン留学は、基礎固め、英語環境に慣れるという点では最適な国だと感じましたが、あくまで英語初心者が行く国であり長期間の留学には不向きだと思いました。

 ただ、ほかの米国などに留学するのとは違い、授業はすべてマンツーマンでとにかく話す機会が多かったこともあり、英語に抵抗を感じなくなり、同じ初心者レベルで米国、カナダ、オーストラリアに同じ期間旅立つならフィリピンの方が成果としては出やすいと感じました。

 今回の留学を経験して、留学とは、大部分は英語学習が目的ですが、それ以外にも学べることがたくさんありました。国によって文化の違いや、本などによく載っている表面だけの世界ではなく、行ってみないとわからないようなフィリピンの現状、特にフィリピン人の経済格差も目で見ることで具体的に感じることができました。急速な経済成長に伴い、富裕層などが増える反面、まだまだスラムで生活している人も多く、1日生きるのも大変な人もいることを知りました。また、市民の生活圏のスーパーやコンビニエンスストア、さらに、住宅街にショットガンを持った警備員が常時おり、ストリートチルドレンが入ってこないように対策をとっているところなど、フィリピンで生活をしないと経験できないこともたくさんあり、この2か月でさまざまなことについて考える機会が増えました。そして、改めて今の生活に感謝できるようになり、このような経験ができたのも自ら行動したから得られた経験であり、行動することの大切さを知ることができました。私は、とても良い経験のできた2か月間を過ごすことができました。また、これからの経験を思い出として済ますのではなく、これからの生活に生かせるように行動していきたいと思います。

 最後になりましたが、このたびは、留学にあたり助成金をご了承いただき誠にありがとうございました、おかげさまで、私は良い経験や英語の実力を得られることができました。精華町役場の皆様のご厚意に触れ、本当にありがたく、心より感謝いたします。

 

◆芦野 貴之 さん

留学先:スイス・チューリッヒ
留学期間:平成27年1月27日~平成28年1月25日

 2015年1月末から一年間、スイス連邦工科大学に留学させていただきました。日本の大学院では、防災工学および地盤工学を研究しており、スイスの大学院でも研究室に所属し、地盤工学に関する研究活動を行っておりました。

 スイスは日本同様、地盤分野での研究が盛んで、最先端の研究環境や実験設備も整っておりました。 スイスはドイツ語、フランス語、イタリア語、ロマンシュ語の4つを公用語としており、私のいたチューリッヒはドイツ語圏にあたります。大学院の学生は半分以上が留学生で、英語でのコミュニケーションがほとんどであり、非常に国際化が進んでおります。ゼミやグループディスカッションでは、海外の学生や教員はとても積極的で、はじめは圧倒されたのを覚えております。

 留学を通じて、専門分野の知識習得のみならず、多様な人々との出会いによって人としても大きく成長できたと実感しております。  

 

◆植屋 真之介 さん

留学先:米国・ハワイ州
留学期間:平成27年4月5日~平成27年8月14日

 4か月間のハワイ留学を終えて、充実した毎日だったと思います。ハワイということで、時々日本人を見かけることもあったのですが、自分はできるだけ英語を話すということを心掛けました、大学では、勉強する環境が整っていてうまく時間を使うことができました。思い出となると、毎日宿題に追われていたことです。なので平日は遊ぶ時間などはあまりなくて図書館に通っていた記憶があります。その分勉強に時間をあてることができたので良かったです。家は、ハワイアンの家にホームステイをしました。家族の人数が多く、会話をする機会が多かったので、英語のスキルアップにはとても役立ちました。土日になると、出かけたり、BBQをしたりと良い家族に恵まれたと思います。さらに宿題でわからないところや難しいところなどを聞くと教えてくれたのでとても助かりました。終わってみればあっという間で短かったです。留学をして得るものは多かったです。これを無駄にすることなく、今後に向けてつなげていきたいです。  

 

◆炭村 修策 さん

留学先:イタリア・フィレンツィエ
留学期間:平成27年4月20日~10月19日

 学校では4時間は文法中心の授業で、2時間は会話の授業という教科カリキュラムを選びました。

 同じ教室に日本人学生がいるとお互いが変に意識して学校の中では喋れなくなるという話を留学経験者から事前に聞いていましたので、敢えて日本人留学生が少ない学校を留学先に選びました。

 夏休みになるまでに日本人は一人もいませんでしたので、最初は心細い思いをしましたが、自分が選んだ道だからと諦めて毎日勇気をふりしぼって、たとえ間違いだらけのへたくそな会話でも恥ずかしがらずに喋ることを心掛けました。こちらからアプローチしていかないと誰も声をかけてくれませんので同級生はもちろん、コーヒーブレイクや昼休みは陽気な中南米や欧州から来た老若男女の留学生を捕まえてはイタリア語で話しかけてはまず自己紹介、次に美術館や美味しいレストランなどの情報交換をしてきっかけ作りをしながら国際交流を楽しみました。

 夜は新入生の歓迎パーティーや卒業生のお別れパーティー、土日は学校主催の教会や美術館巡りに必ず顔を出しイタリア語を話したい仲間を増やしていきました。仲良くなるとFacebookをやっているか?と必ず問われます。やっているよと答えると、もうすぐに友達です。残念ながら仲良くなった年金生活者の同年代の友人はFacebookをやっている人がほとんどいませんので、メールアドレスの交換はしてもなかなか連絡は長続きできませんでした。

 下宿にいると夜10時ぐらいからFacebookの受信音が鳴り続きます。みんな学校の宿題を終えたのでしょう。夕食前に訪れた美術館などで撮った写真を掲載したり、今から飲みに行こうと誘いのメッセージが入ります。

 授業の初めには教師から、昨日は何をしたのかを質問され、同級生に発表しなければなりません。引っ込み思案な人は何も特別なことはしていませんと答えますが、私は「私も特別なことはしていません。いつものように宿題を終えてからパーティーに出席してまた新しいFacebookの友達を作りました。」と発表すると、教師からは日本人は内気だと聞いているけどお前は本当に日本人なのか?とよくからかわれました。

 最終的にFacebookの友達は122人、国籍は32か国になりました。卒業した今も、Facebookで共通のイタリア語で国際交流は続けています。授業で、日本を宣伝するために、茶道、華道から歌舞伎などの日本文化、仏教・神道などの宗教、伝統芸能、日本食、着物について外国人が持つ偏見的な日本を払しょくできるようなプレゼンを準備しておきましたので同級生からだけでなく教師からも日本に興味がわいたと言われました。

 一方、文法学習が終わった最後の1か月は難しい議論中心の授業になりました。政治・経済、宗教戦争、移民問題、テロ等語彙の不足を感じながらも自分の意見を精一杯述べましたがいかんせん準備不足のため舌足らずな説明に終わってしまい今でも悔いが残ります。次回は準備万端整えてから臨みたいと思います。

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更新日:2019年03月15日